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2012.7.31相馬野馬追3日目

2012.7.31相馬野馬追3日目

みなさま

30日は相馬野馬追最終日で、
野馬懸(のまがけ)の神事が行われました。
本来はこの神事、野馬懸が野馬追の始まりでした。
千数百年昔、相馬家の始祖の平小次郎将門が御厨の官職にあった頃、
野馬を敵兵に見立てて追い、捕える軍事訓練として始まったといいます。

捕らえた馬を神前に奉じ、妙見神社の祭礼としたのが始まりです。
この野馬懸は旧警戒区域内の小高神社で行われますが、
昨年の小規模で行われた野馬追では
小高区が警戒区域で立ち入り禁止になっていたため、
別の場所で行われたそうです。
今年4月16日に小高区は警戒区域解除になり、
境内や参道の除染、地震で倒れた鳥居の復旧をして、
二年ぶりに本来の場所で行われたのです。

まず始めに、宮司が境内や関係者を清める儀式を執り行いました。
それが済むと騎馬武者が、境内に設けられた竹矢来の中に裸馬を追い込み、
その中の一頭に印が付けられます。
すると白装束に白鉢巻きの御小人(おこびと)と呼ばれる者たちが、
素手でその一頭を捕え神前に奉納するのです。

御小人というのは、殿様のすぐ側に仕えている武士たちのことだったそうです。
さしずめボディガードでしょうか。
昔は野馬も多くいたのでしょうか、
往事は昨日の斎場、雲雀が原から海に出て海岸を走り、
小高神社まで裸馬を追いこんだといわれます。

これは直線距離にして6㎞ほどですが、
往事の道筋を辿れば12㎞ほどでしょうか。
途中で小高川にかかる野馬橋で休んでから、
小高神社へ向かったそうです。
馬はそこで水を飲み、騎馬武者たちも一息ついたことでしょう。

昨年3月11日の津波で野馬橋は流されて半分なくなり、
辺りは地盤が沈下して田圃だったところは塩をかぶって白く乾涸びていますが、
4月16日の警戒区域解除の日に行った時には、海水が広がっていました。

現在の野馬懸は雲雀が原からではなく、
神社のすぐ裏手の下の方から境内に追い込みます。
距離は100mばかり。でもこれは震災前から、
既にそうなっていたようです。
昨日は放たれた野馬(と言ってもそう見立てた調教馬ですが)は3頭、
追い込む騎馬武者は数騎、御小人も8人でそれを聞いた時には
あっけないような気がしましたが、
実際に始まってみると裸馬を素手で捕える様子は迫力に満ちていました。
前日までの騎馬武者の行列や甲冑競馬のように色とりどりの祭事ではなく、
白装束というのも、いかにも神事であると思わせました。

神前に奉納する馬を捕らえると、
この時のために綯われた縄で作った頭絡や手綱をかけて神前に引いていきます。
その後、同じようにして、他の2頭も捕えられました。
その2頭は奉納が済んでからの「おせり」で、競り市にかけられるのです。
この神事の関係者がぐるりと輪になっているところへ、
1頭ずつ引いて来られ「サラブレット、雄、馬齢8歳」などと読み上げると
取り囲んだ人たちから声が掛かり、一番高い値段を言った人に買われます。

昨日のこの「おせり」が本当の競り市であったのか、
あるいは祭りのための演出であったのかは判りませんが、
元は実際にこのようにして競りが行われていたようです。
この「おせり」がいつ頃から行われていたのか、
今回は確かめることはできませんでしたが、
いつかまたこの祭事の歴史なども詳しく聞いてみたいと思っています。

こうして競り落とした馬は、農耕馬として大事にされたそうです。
お行列や甲冑競馬の野馬追の祭事に出ていた馬は殆どがサラブレットでしたが、
何頭かは在来種の体も足も太いがっしりとした体躯の道産子系の馬たちがいました。
馬や牛と共にあった、東北地方の暮しを思いました。
仮設のお年寄りや、現地ボランティアの六角支援隊の方の話でも、
子供の頃に冬になると藁で馬のわらじを作ったことなどを聞きました。
それを聞いた時には深くは気付きませんでしたが、
相馬野馬追の祭事を通して見学すると、
この地方のかつての暮しをもっともっと知りたくなりました。

相馬野馬追の祭事がすべて終わって、南相馬から昨日戻りました。
今回は仮設住宅を訪問することはできませんでしたが、
ビニールハウス、畑の様子を見て、思うことがありました。
昨年中に皆さまにもたくさんの支援物資をお願いして、
その後ビニールハウスへのご協力もお願いしました。

仮設住宅や借り上げ住宅で暮らす被災者たちの、
日常生活は物質的には何かが足りなくて困るという状況は逸してきています。
けれども多くの方達が、睡眠薬や精神安定剤がないと日々を送れない状態です。

被災された人たちにとって、
いま何が一番必要なことだろうかと考えます。
何が一番欲しいのだろうか、と。
少し思うところがあるので、
秋になったらグループを組んで行こうと思います。
日程などの計画ができ次第お知らせします。                      

今日もまた、長文になりました。
最後までおつきあいを、ありがとうございました。

いちえ

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