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2013年1月の一枝通信

2013年1月の一枝通信

2013年1月7日

みなさま

新しい年が明けました。
心の底から「おめでとう!」とあらたまを寿げない思いで、
今年も新年を迎えました。
それでも「あけましておめでとう!」と飛び込んできた孫たちに
「おめでとう!」と返しながら、子どもたちの未来のために、
今年も精一杯禍根を残さない生き方をしようと思いました。
どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。
昨年中は「一枝通信」にお付き合い下さいましてありがとうございました。
今年もまた、福島に通い続け発信して行こうと思っています。
新年初荷の「一枝通信」は催しのお知らせです。
お時間ありましたら、どうぞお出かけ下さい。

お知らせ①
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【一枝と黒太郎 with 周美
    被災地を語り、奏で、歌う会】
◎日時:2013年2月1日(金)14:00〜(開場 13:30)
◎場所:江東区総合区民センター 多目的ホール
    都営地下鉄新宿線「西大島駅」A4出口より徒歩1分
◎入場料:2000円
◎出演:黒坂黒太郎(コカリナ)
    矢口周美(うた・オートハープ)
    渡辺一枝

私と黒坂さんとのお付き合いは、もう25年ほどになります。
シンガーソングライターとして活躍なさっていた黒坂さんは、
私の初めての著書「自転車いっぱい花かごにして」のなかの一節に曲を付けて、
歌って下さっていました。
そして黒坂さんと何度かご一緒に、音楽とトークの会を催してきました。
黒坂さんと周美さんは3・11後は
「東日本大震災被災地支援コカリナ&音楽プロジェクト」を立ち上げ、
被災した木で制作したコカリナを縁のある子どもたちにプレゼントするなど、
被災地の子どもたちのための支援を続けていらっしゃいます。
昨年9月末に行った私のトークの会「福島の声を聞こう」にお二人で参加して下さり、
その折に「今度またご一緒に」と話し合い、この企画が実現の運びとなりました。
コカリナの音色、周美さんの歌声を、ぜひ皆さんにも聞いて頂きたいと思います。
優しく心に響くお二人の音楽に、私はいつも癒されています。
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お知らせ②

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    第15回チベットの歴史と文化学習会(最終回)
    「チベットとモンゴル・文革の時代」
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(1)「中国文化大革命とモンゴル人ジェノサイド
~1960年代における少数民族大量虐殺事件からの中国民族問題を考える~」

文化大革命中の1967年末期から1970年初頭にかけて、
内モンゴル自治区で「内モンゴル人民革命党員大量虐殺事件」が発生し、
モンゴル人数十万人が中国共産党によって粛清された。
「国民国家型ジェノサイド」理論にそってジェノサイドと近代の諸原理、
とりわけ国民国家と民族自決の問題との関連性に焦点をあてて、中国の民族問題を考えます。

講師:楊海英(大野旭)(ヤン・ハイイン おおのあきら)[静岡大学人文学部教授]
1964年、内モンゴル自治区オルドス生まれ。モンゴル名オーノス・チョクト。北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。89年来日。
国立民族学博物館総合研究大学院大学博士課程修了。
主要著書に、『チンギス・ハーン祭祀ー試みとしての歴史人類学的再構成』(風響社)、
『モンゴル草原の文人たちー手写本が語る民族誌』(平凡社)、
『モンゴルとイスラーム的中国』(風響社)、
『墓標なき草原ー内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』上下(岩波書店)ほか。

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    (2)「世界*の謎を解くカギ ~プンワンが模索した新しい弁証法~」

1949年の中華人民共和国建国後、チベット人にも社会主義の道に身を投じたものはいた。プンワン(プンツォ・ワンギェル)もその一人だ。だが民族蔑視や階級闘争によって罪を着せられ18年間牢獄で過ごし、その間に彼は社会主義思想の源流であるヘーゲルの弁証法を検証し、哲学的思索を試みた。彼が模索した哲学をひもときます。

ここで言う「世界」とは、物と心の両方の世界を意味します。

講師:チュイデンブン(チューデン・ブム)[桐蔭横浜大学法学研究科博士課程]
1973年チベット・アムド生まれ。1996年青海民族師範大学を卒業。2001年来日、南山大学大学院(総合政策研究科・修士課程)を経て、2009年に桐蔭横浜大学大学院(法学研究科・博士課程)に進学。著書に『チベット語
初級』CD付(朝日出版社)、
訳書にゴラナンパ・プンツォク・ワンギェル著『チベット人哲学者の思索と弁証法』
(明石書店)。

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    ◎日時:2013年2月2日(土)13:00~16:30(開場12:30)
    ◎場所:文京区民センター3-A会議室(東京都文京区本郷4-15-14)
        http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_kumin_shisetsu_kumincenter.html
    ◎参加費:1,000円
    ※予約の必要はありません。当日受付にてご精算ください。
    ※チベットの歴史と文化学習会は今回をもちまして修了となります。

◎主催:チベットの歴史と文化学習会 http://www.facebook.com/tibetgaku
◎お問い合わせ:trb.gakushukai@gmail.com

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2013.1.19

みなさま

昨日、南相馬へ行ってきました。

いつもの様に7:36発の新幹線に乗って福島駅で下車、
そこから原町駅前行きのバスに乗りました。
バスは渡利大橋を過ぎて道が山間部に入ると、
通い慣れた道でも雪景色なので知らない道を行くようでした。
山も大地も真っ白で、頭上には青く澄んだ空。
飛行機が真青な空に白く長く尾を引いて、飛んでいきます。

川俣町の人家の中を過ぎて飯舘村に入ると、
人家の前にももう雪掻きをした跡はどこにも見られません。
田畑の上は白一面、その先に続く山も雪化粧。
家々のの木には長いつららがぶら下がっています。

陽に照らされて溶けた滴が落ちるのに震えてでしょうか、
樹上の雪が風もないのにハラハラひらひら舞い落ちます。
小さな雪の破片が陽光にきらきらと輝き舞うのです。

「ああ、なんてきれい!」と私の目はそれを眺めるのに、
思いは「ああ、なんて恐ろしいこと!」と
針葉樹の葉に積もった放射能が舞落ちるさまを思うのです。

飯舘村から福島市に避難している女性が言った言葉を、思いだします。
一緒に福島駅前の並木道を歩いていた時のこと、
きれいな紅葉を見て彼女が言いました。
「今はもう、木を見ても怖くて仕方がない」と。
放射能は、こうして私たちの感性をも壊していくのだと思いました。

昨日は鹿島区のお寺さんに頼みたいことががあって行ったのですが、
訪ねる前に少し時間があったのでまた小高区に行ってみました。
六角支援隊の根本内さんに、乗せていってもらったのです。
前回行った時よりも倒壊した家々の撤去は進んでいて
、蔵作りという建て方の立派な家はもう陰も形もありませんでした。

小高区は昨年4月16日に警戒区域解除になり、
住民は昼間は自分の家に戻れますが、泊まることはできません。
小高区内の国道や県道は、少ないとはいえ車の通行もあって
道路の雪は消えていましたが一般道は轍跡さえもありません。

国道県道も、道路の脇は雪がアイスバーンになって残っていますし、
歩道はまったく歩ける状態ではありません。
でも、その国道6号線を向こうから、
両手に袋を下げて歩いて来る女性が居たのです。

自宅に何か必要な物を取りにいって、戻るところだったのでしょう。
バスも通っていないので、自家用車が無ければ歩くしか無いのです。
自転車では雪道も危険だからと、歩いて行ったのでしょう。
女性を見かけた宮田川橋の辺りから、
原町で現在人が住んでいる家々がある辺りまでは10㎞ほどあるのです。
女性は、どんなことを考えながら歩いていただろうか、と思いました。

小高区から戻ってかし幕のお寺さんへ行く前に、
根本内さんの実家に寄りました。
南相馬市の小浜区ですが、20キロ圏内ですから
小高区と同じく昼間は帰れますが夜は泊まることはできません。

津波は床上1.5mほど被りましたが、その前に家族は避難し、
また家は壊れずに無事でした。
ところがその後、ガラスが破られて泥棒に入られたと、
根本内さんは言っていました。
鹿島区のお寺さんで、ご住職がこんなことを言っていました。

「この間家で新年会やった時だけどな、門徒さんたちが言うんだよ。
『もう今年はがまんしねぇ。茸を食うんだ』ってね。
一昨年はもちろん、去年もみんな喰わなかったからな。
秋になればみんな山に茸採りに行って、食べてたもんな。
だから俺も言ったのよ。『よーし、じゃぁ今年は茸汁やっぺ。
みんな80過ぎた年よりだからいいっぺよ』って言ったんだ」

春の山菜摘み、秋の茸狩り、川や海での魚釣り、
磯の貝拾いや海藻採り、みんな奪われた暮しです。

鹿島区での用事を済ませ、夕べは六角に泊まりました。
今朝はまた小浜の海べりに散歩に行きましたが、
前回白鳥を見た辺りは水が凍っていて今回は白鳥は見ませんでした。

白鳥は見ませんでしたが、鴨の種類でしょうか、
やはり留鳥ではなく渡り鳥の群れが凍っていない水辺にたくさんいました。
出かける前に読んできた新聞で、
広野の湾内で捕れた魚から20数万ベクレル検出というようなニュースを読みました。
渡り鳥たちは汚染された魚を食べて、
春になればまた北に帰っていくのでしょう。
そうして、放射能は運ばれていくのでしょう。
今、ここに在る命も汚され続けていますが、遠い地でもまた。

明後日から成都に行く用事が出来たので、
今回は仮設住宅も廻らずに一泊だけで夕方南相馬から帰宅しました。

いちえ         
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