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2013年10月

2013年10月

杖を突いて東京を歩くと

今年になって、足と口の不調でいろいろ不自由になった。
それはいかんと、友人の紹介で大学病院に検査入院した。
15日間の入院だが、いやまったく大変な入院生活だった。
ほとんど歩けない、動けないという重病患者の多い中で、
わりとぴんぴんしている患者の検査というのは、
いささか実験材料として格好の対象だったのかもしれない。
 
入院生活のおかしさ苦しさ面白さの話はまたべつの機会にして、
足が少し不自由になってからの体験の方が大いに参考になった。
まず、健康な時には気づかないことだが、
ステッキがわりに登山用のストックをもって歩いていると、
東京の街には、杖をもって歩いている人が意外に多いことに気づく。
 そして、ふつうの人はそれを気遣って、道を空けたり、よけたりする。
それはとても自然で、狭い道を半身になってすれ違っていた
江戸から続く東京人の優しさを感じさせる。
たいして不自由でもないわたしなどにも優しいのだ。

その逆に、駅の施設では、そういう不自由な人のことを
考えていないことが多いのに気がつく。
たとえば都営地下鉄の各駅では、
昇りエスカレーターはあっても下りが無いところが多い。
駅によっては、エスカレーターは昇りばかり3つというところもある。
 仕方ないので、足の不自由な人やお年寄りは
ホームの端にあるエレベーターまでとぼとぼと歩いていくことになる。
 足が不自由な人の中には、上りより下りの方が辛いという人だっている。
そういうことへの想像力はまったく感じられない。
 
これは都営地下鉄のせいなのか、東京都のせいなのか。
いずれにしろ、健常者目線ばかりで設備を考えていると、
その結果は何十年のちにあなたに返ってくるとは思わないのかな。
JR新宿駅では、もっとも使う機会の多い総武線のエスカレーターが、
あってもいいところになくて、ずいぶん大回りしないとたどりつけない。
足の不自由な人の行動を少しシュミレーションすればすぐわかることだが、
こういうところに立つと、目に見えない冷たい心を感じる。
 
それでも、電車に乗っていて気づくのは、
杖をついている人への気遣いである。
目の前に杖をついている人がいて、
席を譲らない人はほとんどいない。
わたしのような、いわば半ば健常者に対しても、そうである。
立っているだけなら平気なので、少し離れて立っていても、
座っている人の表情には、なにかもじもじしたものがあって、
かえって申し訳ない感じだ。
 
こんなことを言っては傲慢そうにきこえるかもしれないが、
杖をついて初めて、東京の人びとは優しいと気づく。
人について批評するときも、
杖をついて判断することが大切かもしれない。
足のための杖ではないよ。

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