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2013年8月

2013年8月

草原の輝き
2013年8月

戦没学生たちの夏

今年の夏休みは、中央アルプス千畳敷カールを歩いた。
2600メートルのアルプスのそそり立つ岩壁を見ながら、
この風景を味わえる幸せを感じていた。もうこの高さまで登るのは無理だろう。
この岳にかかったロープウエイでもなければ。
 そういう気持ちでいたからか、麓のホテルに泊まって、
なにげなく見たテレビのニュースが気にかかった。
 
今年は1943年の「学徒出陣」から70年。
それを記念して「戦没学生遺稿・遺品展」が江戸東京博物館で開かれているというのだ。
それもたった3日間という。明日は木曽路を歩き、
明後日は友人の家に行く。とても間に合わない。
友人たちにメールして、見て来て内容を知らせてくれないかと頼んだが、
お盆の真っ最中で、誰も難しい。
 
もう10年近く前、信州・別所温泉近くにある「無言館」を訪れたことがある。
絵に対する情熱の半ばで戦場に送り出された画学生たちが、
戦場で死を覚悟して描いたスケッチや、
明日兵役に行くという前夜に描いた絵もあれば、
愛してやまない故郷の山河を描いたものもある。
もう会えないかもしれない恋人の裸体や愛する妹を描いた絵もある。
 
それらの絵は、けっして名画ではないだろうが、
その時この絵を描いた画学生たちの心情が心をとらえて、
その場を立ち去れなかった。
だから、今回の戦没学生の遺稿展は、どうしても見ないですまされない。
友人とはまた会える。新幹線の指定席を放棄して自由席で急いで帰った。
 
両国の江戸東京博物館に着いたら、ポスターも案内板もない。
あれ、会場が違ったかな。受付で聞いたら1階の奥のホールの会場を教えてくれた。
展示場はそれなりの広さで、入場者もそれなりにいる。
しかし、なぜ案内ポスターも掲示板もないのだろう。
 
1937年の日中戦争期、1944年からの太平洋戦争期、
そして1943年学徒出陣期、そして戦後と、
戦死・戦病死した学生たちの遺稿と遺品が展示されている。
 
あまあとはすがしかれども夏みかん もちたる指がつめたくなりぬ
こんな繊細な歌をノートに書いた学生。  

此の日私は新鋭機流星を駆って、米母艦に体当たりするのである。

御両親始め、皆様さようなら。
そして私が、私の心臓が止まるその瞬間迄、私は邦子ちゃんのことを思っているでせう。
祈りのような言葉もあればやせ衰えた体をスケッチしもうこれ以上はやせられない  
と書いて、数日後に戦病死した学生。
 
集中して50人の声を読み続けていると、めまいがしてくる。
どうにもならないまま戦場に逝った彼らの言葉たちに応えられないどころか、
わずか3日間、案内ポスターもない会場で、わたしたちは彼らの声を聞いている。
忘れないことは当然だが、それ以外に手だてを見つけられなかったら、
70年前の学生たちに恥ずかしい。

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