ようこそ、フォーラム色川のホームページへ

2013.10.18

2013.10.18

みなさま

この春に、みなさまに署名のご協力をお願いした
『中国残留邦人支援法』に関しての、ご報告です。
自民、公明両党は昨日、永住帰国した中国残留邦人らが死亡後にも、
配偶者に月額約44.000円の「配偶者支援金」
を支給することを盛り込んだ中国残留邦人支援法改正案を、
月内にも議員立法で提出する方針を確認したそうです。
野党にも呼びかけて、今国会での成立を目指します。
残留邦人の永住帰国以前から婚姻関係にあり、
帰国後に残留邦人と死別した「特定配偶者」が対象となります。
改正後の支給対象者は、約430人に上る見込みだそうです。

今回議員立法で提出する方針を確認した裏には、
尖閣諸島を巡る日中対立の緩和に役立てる狙いもあると見られていますが、
そうした政治的な思惑を抜きにしてもこの支援法の成立を望みます。          
4月にお送りした「一枝通信」を、併せて再送いたします。

いちえ


みなさま

今日は『中国「残留」孤児配偶者問題』に関する院内集会に参加しました。
中国「残留」孤児に対しては国家賠償訴訟を経て政治的解決が図られ、
2008年4月から新支援制度が施行されました。
この件に関しては署名等で、
みなさまからもたくさんのご協力を戴きました。
私も何度も裁判傍聴に参加し、
新支援法が成立した時には本当に嬉しかったです。
2週間ほど前に、この裁判の弁護団の一人であった方から封書が届きました。
こう書かれていました。

「……孤児も高齢にさしかかり、
孤児が他界して配偶者が一人日本社会に取り残される自体も発生してきております.
この場合、支援策の適用があるとはいえ、
孤児本人に支給されていた国民年金がまったくなくなるため、
生活水準が大幅に落ち込むケースが少なくありません。……」

新支援法によって、孤児たちには生活保護と同額の支援給付金の他、
国民年金の満額6万6千円が支給されるようになりました。
けれども「孤児」が亡くなると、支援給付金のみになります。
うかつにも私は、新支援法が成立した事で、
残留孤児問題は一応の解決を得たと思い込んでいました。
この封書を読むまで、配偶者の問題に思いが至っていませんでした。

生活保護と支援給付金の違いは預金が持てる事ですが、
預金を持てる人は少ないでしょうし、持ててもわずかでしょう。
そもそも「孤児」たちは残留したのではありません。
「遺棄」されたのです。
かつて私は、“満洲”に何度も通い、
各地で残留邦人に会ってきました。
また、帰国した「残留孤児」にも会って、話を聞いてきました。
祖国に”捨てられた”彼らを救ったのは、
中国の養父母たちでした。
成人した彼らと生活を共にしたのは,
彼らの配偶者たちでした。
侵略国だった日本人と結婚した配偶者は、
中国では酷い差別を受け、孤児の帰国と共に日本に来てからは、
今度は言葉や文化の壁による差別を受け、大変な苦労を重ねて来ています。

集会では、全国から集まった「孤児」が発言しましたが、
鹿児島から来たウリヅカさん(漢字が判らないのでカタカナ表記します)の言葉は、
深く胸に響きました。
「国策について話します。戦中戦後の国策は植民地政策だった。
戦後平和民主主義国家になったが、
民主主義なら平等・公平な政策を採るべきだが、
外国人に対しても同国人に対しても公平さに欠ける政策を採っている。
同じ家族に対して差別的な政策を採っている。
中国では同じ家族に対しての差別にあったことはない。
民主主義国家に、正義と公平を求めたい。
残留孤児の配偶者に対しての支援を求めたい」

山形から来た佐藤さんの言葉もまた、痛く胸に響きました。
「中国に居た時には『日本人』と差別され、
帰国したら『中国人』と呼ばれて差別を受けた。
言葉の壁で苦労をしてきたが2008年の新支援法の成立で、
生活は少し改善してきた事に、
山形在住の70名の孤児を代表して感謝します。
けれども孤児たちの高齢化、病気、死亡等で配偶者の心労は絶えない。

かれらは中国では日本人の配偶者として差別され、
日本人である孤児と苦楽を共にしてきた存在だ。
自分が死んだら配偶者の生活はどうなるのか、
孤児たちにとって配偶者支援への思いは切実だ。
私たちは養父母が育ててくれた恩は、忘れない。
日本にもあると思うが、
中国のことわざに『水を飲む時には、井戸を掘った人を忘れるな』
という言葉がある。私はこの言葉を忘れない」

他にも何人かが発言をし、また何人かの国会議員も激励と、
配偶者支援法の成立のために努力する事を誓っていきました。

配偶者の生活支援を求める請願書名を集めています。
用紙を添付しますので、
プリンターがある方はどうぞ印字して署名をお願いいたします。
またプリンターがない方は署名用紙をお送りします。
署名にご協力下さい。

今日は300名近くの「残留孤児」が集まりました。
彼らの姿を見た時、私の頭の中にはサァーッと、
“満洲”でのさまざまな体験がよぎりました。

土壁の家のオンドルの上で、
日本語のまったく話せない"日本人”と手を取り合って泣いた事。
写真を撮らせてと言ってカメラを向けたら、
それで骨も写るのかと訊ねられた事。
彼はレントゲンを撮られた事はあったのですが、
カメラを見たのは初めてだったのです。
もう既に戦後も40年も経っていたのに。
それほど大陸の田舎で、彼は育ってきたのでした。

“満洲”に通い、残留孤児に会う度に私は、
「私が彼らだった」と思ったのでした。
「彼らだったかもしれない」ではなく、
まさに「彼らだった」と思ったのでした。
今日また久しぶりに彼らにあって、
私は私を見たように思いました。

みなさま、どうぞ署名にご協力をお願いいたします。 

いちえ

a:1070 t:1 y:1

powered by Quick Homepage Maker 4.85
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional