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2013.11.10

2013.11.10

みなさま

昨日は永田町の星陵会館で「脱原発を目指す女たちの会」がありました。
私も発言の時間をいただいたので、
南相馬の仮設住宅に住むおばあちゃんたちの作った縫いぐるみの
”ぶさこちゃん”の話をして、人形を紹介しました。
持っていった5人の”ぶさこちゃん”は、
会の終了後にすぐにカンパと引き換えに引き取られていきました。

今朝の新幹線で発って南相馬に着き、
お昼を食べた後で元祖”ぶさこちゃん”
を作ってくれた小池第3仮設住宅へ行きました。
黒沢ヨシ子さん、渡部ハルヨさん、佐藤さんが待っていてくれました。
10月に黒沢さんから送られてきていた
”ぶさこちゃん”はすべて、買って(
カンパでお渡ししているので売り買いではないのですが)いただけたので、
集まったカンパ金を届けました。
黒沢さんは、「私は”ぶさこちゃん”に助けられてんの。夜眠れないときに、
”ぶさこちゃん”作ってると、時間が経つのを忘れるし、
そんで12時頃になると寝るんです。そうすっと6時頃に目が覚められるから、ね。
薬飲んでっから(睡眠薬)、長く寝られないし、
早い時間に寝ちゃうと3時や4時に目が覚めちゃうでしょ。
昼間は編み物したり、小高の自分家が在ったとこに行ったりもしてるけど
(自宅は津波で流されて土台しか残っていません)、
夜は”ぶさこちゃん”作りながら”ぶさこちゃん”に話しかけてるんです」と。

4月に私が縫いぐるみ講習会をしたときに、
渡部さんも佐藤さんも参加してくれましたが、
今では黒沢さんと渡部さんが作り続けてくださってます。
黒沢さんは言います。
「ハルヨさんも孫を亡くしてるでしょ。
私も二人亡くしてるから、
やっぱり家族を亡くした人でないとお互いに相手の気持ちはよくわからないんだよね。みんな気の毒だって言ってくれても、底んとこでは、
同じ体験したもの同士でないと判んないんだよね。
だから二人で一緒におしゃべりしながら作ったりもしてんのよ」

渡部さんは22歳のお孫さんを亡くされたのです。
消防につとめていたお孫さんは、
家から避難できずに居たお年寄りを助けに行って、
おぶって戻る途中で津波に流されたのでした。
浦尻に自宅が在った渡部さん、
佐藤さんは高台にある地区の公民館に避難していて
そこから海の方を見ていました。
津波が家を襲うさまも、またお孫さんが
お年寄りを背負って逃れる途中で波に呑み込まれるさまも、
為す術もないまま見ておられたのでした。
お二人とも「忘れることなんかできないな」と言います。
そして私も思います。忘れることなんかできっこない、と。
あしたは11日、「月命日」です。
黒沢さんも渡部さんも、浦尻の海に花を手向けることでしょう。
でも仮設で過ごす日々の中で、
”ぶさこちゃん”を作ることで少しでもお二人が心遊ばせることができたなら、
嬉しいことだと思いました。

黒沢さんたちにお別れを言って、
小池第3仮設住宅から小池長沼仮設住宅へ行きました。
ここは、先月縫いぐるみ講習会をしたところです。
ここからも講習会の後で既に2回、段ボールにいっぱい詰まった
”ぶさこちゃん”が送られてきました。
でもとても興味深いことですが、
こちらの皆さんの作る”ぶさこちゃん”は器量好しなのです。
器量よしというのも変なのですが、
バランスがとれていて比較的均一に作られているのです。
ですから私は小池長沼の方が作ったものは”べっぴんぶさこちゃん”小池第3の方が作ったものは”元祖ぶさこちゃん”と呼び分けています。
”べっぴんぶさこちゃん”もカンパでお分けしていますが、
こちらも送られてきたものがほとんど引き取られたので、
集まったカンパ金を届けたのでした。

”元祖ぶさこちゃん”も”べっぴんぶさこちゃん”も、まだまだ私に届きます。
「トークの会 福島の声を聞こう」で、また皆さんにご披露します。
どうぞ”ぶさこちゃん”の里親になっていただけたら、嬉しく思います。

次ぎに行ったのは、寺内第2仮設住宅です。
浜野さんをお訪ねしたのです。
教えてもらいたいことがあったのです。
浜野さんの自宅が在った萱浜あたりの郷土食、
「べんけい」の作り方を教えてもらいたかったのです。
これは芋がら(里芋の茎を干したもの、ズイキ)と大根と人参で作る保存食です。
作り方を口頭で教えてもらいましたが、
やっぱりこうしたものは実際に作ってもらうのが一番です。
そこで今度、六角の台所を借りて浜野さんに作ってもらうことにしました。

また浜野さんの実家は小高だと聞いたので「柿餅は作れますか?」と尋ねると、
その作り方もまた口頭で教えてくださったので、
これも作ってもらうことにしました。
「かきもち」と言うと、おかき(あられ)を思うかもしれませんが、
そうではなくて干し柿を搗き込んだお餅です。
私も話に聞いただけで、見たことも食べたこともありません。
材料や道具は私が手配して、
浜野さんに南相馬の郷土食をいくつか作ってもらおうと思います。
人も地域もバラバラになってしまった3・11後の南相馬の、
食の文化を残していけたらと思います。       

いちえ   

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