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2013.11.13

2013.11.13

みなさま
今日は朝食後に、ホテル六角を辞しました。
昨日は夕方まで冷たい雨が降っていましたが、
夜には月齢8日の月、そしてたくさんの星が輝木とても冷えみました。
朝出る時には夕べの予想通り青空が広がり、
北風が吹いて寒い一日になりそうでした。
『たぁくらたぁ』編集委員の方達の車に同乗して

寺内塚合仮設住宅へ寄ってから、飯舘村を通って田村市へ向かいました。
寺内塚合仮設住宅ここには集会所とは別に、
就職相談室という小さな別棟があります。
他の仮設にはこうしたものはなく、
なぜこの仮設にだけあるのかは判りません。
でもその就職相談室も、その用途で使われることは滅多にありません。
ここにはいつも決まったメンバーの、
7人のおばあちゃんたちが集うています。
部屋に入ると初めて来た人は
、誰もが「わぁ?!すごい!」と驚きます。
天井からは紙で作った色とりどりの大小の薬玉が、
いっぱい下がっています。
布製の小さなフクロウを数個ずつ小枝に並べたものが、
壁一面にびっしりと留っています。

部屋の真ん中のテーブルには針箱や布が広げられ、
おばあちゃんたちが楽しげにお喋りをしながら手を動かしているのです。
さながら手芸工房です。工房で生み出されるのは、
もっぱら天井にある紙製の薬玉と壁にある布製のフクロウです。
これらは訪ねてくれた人にお土産にあげたり、
また注文を受けて作ってもいるのです。
注文を受けて作ったものは、もちろん注文主が代金を払っています。

作り手はみんな小高区に家があったおばあちゃんたちで、
3・11以前からの茶飲み友達たちですから和気あいあい。
毎朝まるで出勤するみたいに仮設の自室からここへ来て、
お昼はそれぞれ自室に戻って食べ、午後もまたここに集うのです。
もちろん、用事があれば出勤しないのも自由で、
誰も咎めず、それどころか、病院に行くと聞けば
「大丈夫か?気を付けて行ってこ」と、
また娘や息子のところへ行くと聞けば「親孝行して貰ってこ」
などと声を掛けたりもするのです。今日行ってみたら、
山田のばあちゃんが左手で布を切っていたので
「あれ?今まで気がつかなかったけどぎっちょだったの?」と聞くと
「んだ。ぎっちょだよ」と。
ばあちゃんが使っていたのは普通の裁ちバサミだったので、
今度来る時に左手用の裁ちバサミを持って来てあげようと思いました。

大原の湯寺内塚合のばあちゃんたちに
「また来ます。風邪引かないでね」の挨拶をして帰路につきました。
川俣町へ向かう南相馬市の出外れの辺りには、
”ドライブイン大原の湯”という看板を掲げた家が在ったのです。
原発事故があって営業を止めたのか、
あるいはそれ以前から閉じていたのかはのかは判りませんが、
11年の夏に私が初めて通った時には、そこはただ建物と看板だけでした。

この辺りは原発から30キロ圏外ですが山間で、
その地形のために放射線量が高いところなのです。
だから、この辺りの人はほとんどどこかへ避難して、
家は在っても人の姿は在りませんでした。
でも大原の湯のすぐ上に、住んでいる人が居るらしい家が在りました。
私が2度目に南相馬を訪ねたのは’11年の9月で、
その時も今日と同じように『たぁくらたぁ』の人たちと一緒でした。
そして3人で、大原の湯のすぐ上にある家を訪ねたのでした。
谷一郎と彫り込んだ、木彫りの表札がかかっていました。

ご主人は留守でしたが奥さんの君子さんがいて、
突然の訪問だったのにいろいろ話してくれました。

30キロ圏外にある自宅なので、
支援物資も何も届かず何の補償もされていないということや、
林業に携わっていたご主人は仕事もできなくなってしまったことなど、
これからどうやって暮らしていくのか
不安がいっぱいの日々を語ってくれました。
それからも私は南相馬へ行く度に、谷さんの家の前を通る時は、
煙突から煙が出ていることや、戸口や窓が開いていること、
洗濯物が干してあったり、車が止まっていることなどを
バスの窓から確認しては、線量が高いその場所に
谷さん夫婦がいることを案じ、
また元気でいるらしいことに安堵してもいたのでした。
今日、2年ぶりに訪ねようとしたのですが、
”ドライブイン大原の湯”が、跡形もなく片付けられていて、
最初は谷さんの家の前を通り過ぎてしまったのでした。
気付いて戻ると、谷さんの家は人の気配がまったくありませんでした。

家の前にはイノシシがそこら中を掘り返した跡があり、
家の裏手では、太った大きなサルが
赤いお尻を見せて向こうへ走り去るところでした。
物置には、幾本ものチェーンソーの刃が、
どれも錆び付いたまま竿に掛かっていました。
仮設住宅に入ったのか、
それともどこか新天地を見つけて移ったのか、
あるいはご夫婦どちらかが具合が悪くなって入院でもしているのか…。
さまざまを思いました。更地になって砂利が敷いてあり、
もしかするとそれは除染のために
土地を剥いでから敷いた砂利かもしれませんが、
山深い景色の中でそこだけが妙に白々しく不自然な光景でした。

南相馬のこれから、福島のこれからを思いました。

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