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2013.7.14その2

2013.7.14その2

みなさま

南相馬に来た時はいつも、早朝に周辺を散歩します。
昨日の朝はいつも行く海辺の方ではなく、裏山の道を行きました。
その道は、産業廃棄物処理場建設予定地の裏を行く道です。

六角支援隊の大留さんと市長の桜井勝延さんは、
この「産廃処理場から命と環境を守る会」の会長と事務局長ですし、
六角支援隊のみなさんはこの会の仲間たちでもあったのです。

そうした経緯があったので原発事故後に、
今「六角支援隊」と呼ばれている「原発事故から命と環境を守る会」が
現地ボランティアとしての活動を始めることができたのです。

前日の雨も止んで、気持ちのいい朝でした。
舗装路ではありましたが車も人も通らず、
道の脇には草が茂り放題でした。

3・11後に避難したままなのか途中の数軒の民家にも人の気配はなく、
あの日からここは人が通わなくなった道のようでした。

民家の庭も雑草で荒れ放題でしたが、
梅の木にはすっかり熟して黄色くなった実がたくさんなっていました。

ドクダミ、オカトラノオ、ヒヨドリソウ、サラシナショウマ、
ノイバラ、アザミ、ウツボグサなどなど、
野の花たちが咲く道は、途中で道の片側が崩れて
「片側通行」の表示が立てられていました。
これもまた、あの日の地震で崩れ時のままのようでした。

なお行くとようやく道は下りになり、
下ったその先にはオレンジ色のカンゾウの花が一面に咲く原がありました。

その向こうに太平洋が、朝の陽を返していたのです。
ここにに来る度に何人かの方達の口から聞いた言葉が、
頭の中でグルグルとまわります。

「海があって、山があって、川があって、本当にいいところなんだよ」と。
そして彼らの口からはきっとまた、次の言葉が出てくるのでした。

「原発さえなければ…」と。

そんな彼らの言葉を反芻するように思いながら歩いていたのですが、
何か刺激的な匂いがして
きたのです。

どこからの何の匂いなのかは判りませんでしたが、
空気中が臭っていました。
時間を見て道を引き返し、また木立の中の道を戻りました。

後で会ったこの近くに実家があるAさんに朝の散歩のことを話すと、
Aさんは言いました。
近くの化学工場で先日事故があって、
それがまだ漏れ出しているための匂いなのだそうです。

死傷者もなく住民に避難指示も出されなかったそうですが、
避難を考えた人たちもいたようでした。

「だからあの道は、しばらく歩かない方がいいよ」とも言いました。

化学工場が建設されたのは、
もう数十年も前のことだそうです。
Aさんのお父さんは漁師だったそうですが、
工場からの水が海に流れ込むようになってから
船泊まりも砂で浅くもなり、
また川の水も臭うようになったので
船は引き揚げて漁に出るのは止めたそうです。

Aさんのお父さんたちが化学工場建設反対をしたのかどうかは聞き漏らしましたが、
同じ道を私たちは歩いているのだと思えました。                   

いちえ

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