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2013.7.15その2

2013.7.15その2

みなさま

朝の仮設住宅に、参議院選挙立候補者の宣伝カーが来ていました。
元双葉町長の井戸川克隆さんでした。
運動員の他に聞いている人は数人でした。

他の候補者の宣伝カーが来た時との比較が出来ないのですが、
これは、選挙に対する関心の薄さからだけではないのではないかと
私には思われます。

南相馬の人たちの、原発立地の町の元町長に対する思いは複雑です。
それはそれとして、来る21日の参議院選挙、本当に悩ましいです。
これからの日本がどうなるかという大事な大事な選挙ですが、
候補者、あるいは党の姿勢だけを考えては、
一票を投じられない思いです。

思わぬ方へ票が集まることがないようにするためには、
自分の思っている候補者に入れるのが
必ずしも良い結果を生むとは限らないのではないかと思えるからです。

投票日まであと5日。
悩み抜くことになりそうです。

午後の歌の会の前に、小池第3仮設住宅のSさんを訪ねました。
Sさんに会うのは、本当に久しぶりでした。
Sさんは集会所での催しには、まず顔を出さない人なので、
それでお訪ねしたのです。

2ヶ月ほど前に、Sさんから苺やぶどう、
スイカを模したアクリル毛糸で編んだタワシが、
たくさん送られてきたので、その御礼を届けたかったのです。

久しぶりの挨拶のあとで、Sさんは話し始めました。
以前にも聞いたことのあった話でしたが、それはこうです。
原発事故の後で、息子さんがいる東京に避難していた時のことです。
風邪を引いたSさんは、息子の家の近くのお医者さんに行きました。
お医者さんはSさんよりも高齢の先生だったそうですが、
看護師の奥さんと二人で診療に当てって居る医院でした。

初めての患者さんであるSさんに、先生はいろいろ訊ねました。
そしてSさんが南相馬の小高区からの避難者であることを知ると、
「私たち東京に住んでる者のために福島の方達には、
大変なご苦労をかけさせてしまい、本当に申し訳ない」と言って、
深く頭を下げられたそうです。

Sさんは、仮設住宅に移ってから先生に御礼の手紙を書いたそうです。

「字は下手ですし、文章もよくないですが心を込めて書きました」
というSさんからの手紙に先生は返事と共に
ペットボトル入りの水を送って下さったそうです。

そしてその後も、季節の変わり目にはいつも、
水やお茶、お菓子を送って下さるそうです。
足腰が弱っていて、手押し車がないと外を歩けないSさんは言います。
「車押してると珍しいんだべね。
東京に居たときは、いろんな人に声かけられた。

みんなに親切だったよ。
よく声かけてくれて仲良くなった人からは、
手紙も来るし、返事も書くの。
文章も駄目だけど、気持ちだけはこめてんだ。

子供の時から辛いこといっぺいあったけど、
そんなこと思いだし思いだしして、書いてたんだ。

ほれ、ここがこんなでしょ?
(Sさんは言いながら前髪をあげて脇額を見せてくれました。
やけどの跡がありました)

ちっちぇえ時、家に囲炉裏があったべ?
ずりずり這って、頭突っ込んじまったんだな。
おっきくなってかかさんが書いた手紙を、仏壇で見つけたのよ。
『後生大事に育ててきた子です。

どうか、この子をお守り下さい。
誠心誠意お祈り申し上げます』っち書いてあった。

そのことが私の頭にはずっと残ってる。

そんなことも書いて、書いて、これくらいになってたんだ。
と言ってSさんは右手の親指と人差し指で、厚みを示して見せてくれました)

「みんな、流されちまった。みんな」
Sさんは、自分史を書き出していたのでしょう。

津波で何もかも流されたSさんですが、
なによりも綴ってきた自分の歴史が流されてしまったことは、
どんなに淋しく悔しいことでしょう。

Sさんが再び自分史を書き始めてくれることを、祈ります。

いちえ

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