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2014.4.2

2014.4.2

酒井さんから伺ったことや、
先月の福島行で飯野町の方に聞いたことなどから、
飯舘村の“今”をお伝えします。

除染どんな基準でそのように順番が決められているのかは判りませんが、
村内で除染作業は進められています。
個人の敷地や家屋は、除染を希望するかどうかを聞いてからです。

農家は母屋の他に納屋や、隠居所、
あるいは若夫婦の新居など敷地内に複数の建物があることは、
少なくありません。

建物が古く、塗り壁の家も少なくないのです。
こうした家屋は、高圧洗浄では壁が崩れる危険性があるのです。
ですからこれらの家は、濡らしたペーパータオルで拭き取るという除染方法になります。これで果たして除染出来るのか、大いに疑問です。いくら除染をしても敷地内にこのような建物があれば、雨風によってそこからまた汚染が移ってくるでしょう。

60代の男性は、こう言いました。
「おれんところは裏が山だから、いくら家や庭を除染したって、
雨が降れば山から放射能がまた流れてくるだろ?除染の順番だって、
後になればどんなにかいい加減にされちまうだか、判らねえな。
俺が生きてるうちには戻れねえと思う」

酒井さんの家では、除染の希望は出していません。
上記したように家屋の築年数が経っていることと、
土壁なので除染の効果に疑問を持っていて、
希望を出していないそうです。
でも、そればかりではありません。
庭や田圃は、今や、イノシシがほじくり返して荒し放題だそうです。
酒井さんは言います。
「あんな風にイノシシが掘り返していたら、
表にあった放射能が土中に深く入り、
いくら表土を剥いで除染したところで、
その下が汚染されているのではないか?」

仮置き場と減容化施設村内の各地区に仮置き場が出来ていますが、
仮置き場はおそらくそのまま何年も汚染物質を詰めたフレコンバックが、
置かれたままで過ぎるのではないでしょうか。
フレコンバックの耐用年数は、ごく短いと聞いています。

私は以前に、仮仮置き場(仮置き場に運ぶ前の段階の集積場)に積まれていた
フレコンバックの一部に、小さな穴が開いているのを見たことがあります。
フレコンバックが劣化して破れたり穴が開けば、
また積み上げたものが崩れたりすれば、
そこから汚染物質は流れ出すでしょう。
あるいは積み上げたフレコンバックの底から、
地面に滲み出ているかもしれません。

以前にもお伝えしましたが、「減容化施設」というのは、焼却場のことです。
焼却炉の煙突にフィルターをつけて、
空気中に汚染物質が煙となって流れ出ないようにするから安全だと言います。
信じられますか?

除染」と言えば、汚れが除かれるということを意味する筈です。
でもここで言う「除染」は、放射能を取り除くのではなく、
フレコンバックに詰めて場所を移動させるだけですから、
これは「除染」ではなく「移染」です。
「減容化施設」はフレコンバックの中味を燃やせば、
確かに容量は減りますから、その意味では「減容化」ですが、
なんとあざとい命名でしょう!

子どもたち村立飯舘村中学校の生徒たちは、
飯野町の仮設校舎で学んでいます。
なぜ仮設校舎で学んでいるかなどとは、
改めて言うのもおかしいですが、
全村避難だからなのです。ところが今、
月に一度か2ヶ月に一度だか、
生徒たちを飯舘村の校舎に戻していると聞きました。
全校生徒ではなく保護者が承諾した生徒たち
10名ほどだそうですが、
飯舘村に戻っている日があるというのです。
これについては、その意図や学習内容などをもっと良く調べて、
改めてお伝えしようと思います。
私の聞き間違いであることを、願っています。

携帯のゲーム機を買ってとせがんだ小学生に、
その子の親がダメだと言ったときのことだそうです。
子どもは親の言葉に、毒づいたそうです。
「なんでだよぉ!俺にだって10万円出てるだろう!!」
10万円というのは、東京電力から被災者に支払われている
精神的損害に対する賠償金のことですが、
一人月額10万円なのです。
親の働く姿を見ることができなくなった生活、
そうした暮しの中での子どもの心を思うと、うそ寒くなります。

賠償金で思うこと加害者が被害者にお賠償金を払うのは、
当然のことです。
自主避難者や、放射線量が高いのに
他県の隣接地域の住民には出ないなどは、
おかしいと思います。けれども原発事故の賠償金は、
さまざまな問題を孕んでいます。
避難してきた人たちと地元民との間で、

30キロ圏内と外で、軋轢を生み出しています。
賠償金は大事ですが、生活を取り戻すためには
、もっと大事なことがあるだろうと思うのです。
住居と仕事の補償をないがしろにしたままで、
加害者から一方的に賠償金の額を提示するやり方は、
間違っていると思います。

なおも思うこと“人間”って、愚かだなぁと思います。
科学技術の発明や進歩は、何のためだったろう?と思います。
核兵器や原発を生み出し、遺伝子操作を考えつきました。
貨幣の発明は、経済システムはそれで大きく変えました。
それだけでなく、それは私たちの生き方、感じ方、考え方、
ものの見方などすべてを変えたと思います。

元に戻れはしないけれど、そんなこんなを、
立ち止まって考えたいと思います。
政府や財界のように、
原発をエネルギー問題で語るのは間違っています。

被曝と人権、環境問題として、語るべきではないでしょうか。
そしていま私たちが考えなければならないのは、
生き方なのではないだろうかと思うのです。

今回も長文になりました。最後までお読み下さって、
ありがとうございます。    

いちえ

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