ようこそ、フォーラム色川のホームページへ

2014.6.26

2014.6.26

福島市松川のあぶくま茶屋で渡邊とみ子さんの話を聞いた後で、
伊達市に向かい、飯舘村から避難している長谷川健一さんを訪ねました。
長谷川さんは原発事故後の早い時期から、飯舘村の被害について全国各地で、
またドイツなど諸外国でも講演で訴えてきました。
トークの会「福島の声を聞こう!vol.8」(2013年12月8日)でも、
講演をして頂きました。

原発事故によって、生活の根底から崩され
避難生活に追いやられてしまった飯舘村ですが、
被害者である村民への賠償は全く理不尽なものです。
それに対して長谷川さんは、ADR(原子力損害賠償紛争解決センター)へ
申し立てをしました。

叩かない扉は開かない飯舘村前田地区の行政区長の長谷川さんですが、
ADRへの申し立てに他の誰も起ち上がらなかったので、
まず一人で起ち上がりました。
「叩かない扉はひらかない」、というわけです。
ADRへの申し立てに記入する文面を考え、

東京へ何度も通って弁護士と相談し、各行政区に弁護士を同伴してまわって、
村民に説明しました。その文面には第一に、
東京電力に対して公式な謝罪を求めています。

また、土地建物の賠償は帰還困難区域と同じく全損扱いとして一括支払いすること、
被曝への不安に対する慰謝料の支払いを求めること、
宅地・農地の賠償の増額、避難生活の長期化による精神的慰謝料の増額、
避難解除後の生活の長期支援、などです。
この文面を持って各地区をまわって村民に話した結果、
申し立ての運動は大きく盛り上がりました。
村と国で取り決めた東電からの賠償に、村民たちは納得がいかずにいたからでしょう。
ADRへの申し立ては既に川俣町山木屋地区、浪江町でもされていて、
山木屋では申し立てを勝ち取りました。
山木屋は地区として、浪江町は町として取組んだことですが、飯舘村は

まず長谷川さんが声を上げてみんなに呼びかけましたが、
行政区としてでも村としてでもなく、各個人が集団となっての申し立てです。
ADRへ申し立てをする件で、
村に呼びかけたのですが村としてはやらないし関知しないという返答でした。
長谷川さんはじめ村民は、では我々でやるということで申し立てをしたのです。

ところが関知しないと言いながら村長は、
東電にADRを認めるなと裏で申し入れをしていたと言います。
また山木屋がADR申し立てを勝ち取ったことを評して、
「村民に不安と動揺を与えた」と言って、
長谷川さんたちのADRへの申し立てを崩そうともしました。
長谷川さんに言わせれば、山木屋の勝ち取りは
「我々に喜びと希望を与えた」もので、

村長の言葉とは真逆のものです。
ADRは加害者、被害者間の和解仲介を旨とするものですが、
しかしここで提示された和解案は東電を拘束するものではないので、
東電が応じない限り和解とはなりません。
浪江町は回答延期されています。
闘う飯舘村の被害者たちを、応援して行きたいと思います。

伊達市の仮設住宅からは、飯舘村、南相馬を抜けて
浪江町の希望の牧場に行きました。
浪江町は許可無く立ち入りは禁止になっていますが、
希望の牧場の入口は南相馬の小高区に開いているので、
小高の方から行けば訪ねることが可能なのです。
吉沢正己さんに、話を聞きました。
吉沢さんもまた「トークの会 福島の声を聞こう!vol.1」(2012年3月7日)で、
話していただきました。

実力闘争で訴える吉沢さんは先日、農水省に被曝した斑点牛を連れて行きましたが、
テレビなど報道で様子をご覧になった方もいらっしゃると思います。
吉沢さんの話は、のっけから激しいです。
「おそらく仮設では、これから自滅していく人が増えてくるよ。
東電は賠償金払いたくないから、時間をかけて被災者が弱っていくのを待っている。

一方では除染に5兆円もかけてんだよ。
環境相の発言で大熊、双葉の処分場は先延ばしになるだろうけど、
処分場ができないと、フレコンバックに詰めて積んだままになるんだよ。

フレコンバックは2年で破れてくるけど、
税金使って5兆円もかけて人海戦術でかき集めたものが、漏れてくんだよ。
そんだけ金使って、持って行く場もない除染して、
“馬鹿みたい!”ってみんなが気付くべきなんだよ」
除染はデットロック状態だと言います。
福島からの電気がなければ一日として成り立たない東京なのに、

つまり福島の生き血を吸ってるバケモノ大都会で、
バブリーなオリンピックが始まろうとしていると言うのです。
福島は東京に電気を送る植民地、事故後は生け贄だと言います。
吉沢さんはたびたび街宣車で渋谷のスクランブル交差点で、
激しい物言いで訴えていますが、
ある日、聴衆から「あんたの言い方はきつすぎる」と声があがったそうです。
その人は、何度か福島にボランティアで行ったことがあると言ったそうです。
吉沢さんはこの例を挙げて、善意でボランティアには行くけれど、
自分は被害を受ける当事者にはなりたくないのだろう、と言います。
そして、それではダメなんだ。3・11の状況を全国民が共有するべきだ、
自分たちの問題として捉えて欲しい、
事故の後始末もできない、除染もできない、廃炉もできない。
だのに再稼働、そして輸出。これを止めるには実力で解決するような行動を起こさなければ、と言います。通り一遍の運動ではダメ、実力闘争だ、と。

ドイツからきた取材者が、日本人はなぜ怒らないのか?なぜおとなしいのか?
なぜみんな黙っているのか?と言ったそうですが、
その時に、それは教育の結果だと看破した人がいたそうです。
また、同時に「出過ぎたことはしない」という、事なかれ主義があるのでしょう。

ところが吉沢さんは「出過ぎたものは、打たれないの。
オレは出過ぎてるから打たれない」と言って、
私たちを笑わせ、そして言いました。

「みんな巧妙な心の投網を打たれてるよ。
オリンピック然り、サッカー然り、尖閣もその一つだよ」
まったく吉沢さんの言う通りだと思います。

「トコトン実力行使。宣伝戦で論陣張って、
意識的に宣伝の土俵を作り、大勢に向かって訴える。
国民大勢が本気で考えたら、大変な力になる」
70年安保世代の闘士の言葉です。

希望の牧場を辞そうとした時、まるで私たちがそこを通るのを待っていたかのように、
斑点牛がそこに立って、私たちをじっと見送っていました。
吉沢さんが言ったように、「夜空の星のように、きれいな」黒地に白い斑点でした。
斑点は、原発事故後に大型哺乳類に起きたメラニン色素の突然変異だと、
吉沢さんは考えています。     

低線量被曝の問題点を、専門家はしっかりと検証して欲しいです。     

いちえ

a:1026 t:1 y:1 

powered by Quick Homepage Maker 4.85
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional