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2014.6.27

2014.6.27

26日に希望の牧場から、南相馬へ戻りました。
その道中では、先日ご報告した小高区の大富地域の除染の様子や仮置き場建設現場を見ました。同行のもろさわさん、野池さん、鴨林さん、
異口同音に「この除染意味があるの?」と漏らしていました。
吉沢さん流に言うと、「馬鹿みたい!」ということでしょうか。

小池第3仮設住宅小池長沼仮設住宅に寄って、
先日のトークの会で集まった“ぶさこちゃんカンパ”を届けてから、
小池第3仮設住宅へ行きました。
集会所には黒沢さんが待っていてくれました。
黒沢さんは、「こんなの作ってみたんだ」と言って、
小さな猫の縫いぐるみのついた携帯ストラップを見せてくれました。
小箱にいっぱい、子猫が詰まっていました。
もろさわさんは、「この子猫も素晴らしいけれど、
それよりあなたが着ているお洋服、割烹着?ご自分でお作りになったの?」
と、黒沢さんに訊ねました。

黒沢さんが着ていたのは、ワイシャツを利用して作った割烹着風のシャツです。
白いワイシャツにピンクの布をあしらって、
ストンと被って着られるように工夫された
おしゃれで着やすそうなシャツでした。

黒沢さんは、嬉しそうに答えました。
「そうなの。自分で作ったんだ。ワイシャツも捨てることないなぁって思って、
作ってみたんだ。やぁ、嬉しいね。こんなことしてんのに、気がついて貰って」
もろさわさんと黒沢さんの会話の中に、
生きる姿勢や他者への気配りなどを見たように思いました。

寺内塚合仮設住宅まるで会社に通うように、
談話室に毎日集まって手芸をしているおばあちゃんたちが居る所です。
この日は“社長”の菅野さんは、病院に行って留守。
“営業部長”の天野さんは、買物に出ていて姿が見えませんでした。

松本さんたち4人が、せっせと手を動かしていました。
もうじき90歳になるもろさわさんよりも、
みんな、ほんの少しだけ妹分のおばあちゃんたちです。
部屋の天井から壁まで、びっしりと飾られた作品を見やってもろさわさんは、
感心することしきりでした。
そして、「【志縁の苑】に、飾ります」と言って
折り紙の薬玉や“苦難サル”人形を、求められました。

志縁の苑【志縁の苑】は、もろさわさんが
「自然と出会い、歴史と出会い、自分自身と出会い、そして人々と出会う場」
として開設された【歴史を拓くはじめの家】30年を前史にして、
昨年6月に開設された場です。

1945年、敗戦の都市に20歳だったもろさわさんは、
その後の人生の中で権威や権力を一切信用しないで生き切ろうと決意しました。

そして、さまざまな場・人と出会い、
アイヌのフチや沖縄のオバーたちとの暮らしから得た思いから、
「愛にみちて歴史を拓き、心華やぐ自立を生きる」をテーマに呼びかけ、
その思いに呼応する全国の人たちからの拠金によって建設されたのが
【歴史を拓くはじめの家】です。
その内容をそのまま受け継ぎ、
「愛にみちて歴史を拓き、こころ華やぐ志縁をいきる」として開設されたのが
【志縁の苑】です。

家族一緒に暮らしたい寺内塚合の談話室で
手芸品を作っているおばあちゃんたちは、
みんな小高区に家があります。
私が、「集団移転や復興住宅などが進んでいるけれど、
みなさんはどうするのですか?」と訊ねたら、
「私ら家があるから、除染が済んだら家に戻るよ」と答えが返りました。

みんなの家は山際の方なので、津波にも遭わず、
町場と違って地盤もしっかりしている土地なので、
除染が終われば、そのまま住めるというのです。
彼女たちの家があるのは、

前日にも、また以前に私が南相馬入りした時にも見てきた
大富地区の仮置き場を作っている周辺です。
いま、さかんに除染が行われている地域です。
山林が迫っている地域で、平地の原を除染しても、

また山手の方から汚染物質が流れてくるのではないかと思える地域なのです。
国は区域再編成して20キロ圏も、
一部の帰還困難区域以外は早期に帰還を計っています。
おばあちゃんたちに、「孫たちは帰って来れないだろうね」と言うと、
「そうだ。帰られねぇ」との答。
おばあちゃんたちの作る小さなフクロウの縫いぐるみは、
幾つかを小箱に入れて「家族一緒に暮らしたい」と
書かれたカードが入っているのです。

こうして、もろさわさんとご一緒した2日間の福島行を終えました。 
学ぶことの多い2日間でした。                   

いちえ

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