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2015.2.6

緊急集会【私たちは人質事件をどう考えるか】
で登壇した6人の方達、志葉玲さん、杉浦ひとみさん、
佐藤真紀さん、豊田直巳さん、新崎盛生さん、伊藤和子さんの発言を、
①②③でお伝えしました。
6人の発言の後で司会の福島みずほさんからは、次のようなお話がありました。

◉福島みずほさん
後藤健二さんのお母さんは
「憎悪と報復を繰り返さないで。繰り返してはならない」
と、ずっと言っています。
日本が戦争をする国になる、
アメリカと一緒にテロとの戦いを世界でやることになることは、
憎悪と報復の連鎖をより一層増強させる、
日本もその中に入っていくことになる。
今ならまだ引き返せると思っています。

集会はその後、数人の参加者からの発言と質疑応答となりました。
◉「許すな憲法改悪!市民連絡会」土井さんの発言
人質事件が報道されたとき、すぐに思いだしたのは高遠さん、
郡山さん、今井さんのことや、香田証生さんのことでした。

「許すな憲法改悪!市民連絡会」では、
1月25日に「後藤健二さんの訴えに応える緊急行動」として、
200人の市民で官邸前での行動に立ちました。
政府は、絶対に後藤さんを見殺しにするな、
ということを訴えました。

そういう行動を、他の団体の方達とも一緒に続けて、
政府を動かしたいと思っていましたし、
たくさんの団体が訴え行動していました。
宗派を超えて、宗教者の方達もそうした行動に立たれていました。
2月1日にも緊急行動を予定していたのですが、
残念ながら後藤さんが殺害されたことが判り、非常にショックを受けました。

それでその日は、サイレントアクションということで
黙って1時間立つことをしたのですが、
その時も急な呼びかけでしたがみなさんが集まって下さいました。

私がこうした活動を始めたのはイラク戦争以降ですが、
その時に共通の言葉として”武力で平和は作れない”
ということがありました。
日本が憲法九条を市民の力で作っていくという時に、
世界とどのように手を結んでいくのか、
世界で起きている問題を自分のこととしてが必要だと思っています。

いま問題なのは、安倍政権がこれを利用して
憲法九条を変えようとしている動きがあることで、
改憲は絶対に通させてはいけないし、
九条を変えさせないように一緒に頑張りましょう。

◉福島みずほさん
連休明けにでてくる安全保障法制(わたしは戦争法案と呼んでいます)、
邦人救出のために自衛隊が出て行くという法律改正も
”任務”という発言をしているので、
集団的自衛権の行使を容認する法律がたくさんでてきます。

後方支援の中身のことや、恒久法も出すとの官房長官の発言もあり、
憲法改正の前にも連休明けに出てくる法案を、
私たちはしっかり見ていかなければならない。

◉会場からの質疑応答と発言
★最初の人の質問(男性)
①後藤さんと湯川さんの関係は?②湯川さんの軍事会社は、
一人でやっていたのか誰か関係する人がいたのか?
③ネットで「世に倦む日々」というサイトに書かれていることは本当なのか?

それに対しての志葉さんの返答
お二人に直接面識はないが、
紛争に関わってきた人間としての常識的な見方でいえば陰謀論は、とてもおかしい。
湯川さんは田母神さんや自民党議員との繋がりからスパイだという見方がされ、
後藤さんも湯川さんと繋がりがあるからスパイというようなことが
ネットにかかれたりしているが、そんなに話が飛躍していいのか?
後藤さんに対しては、非常に失礼な見方だと思う。
後藤さんのブログをずっと見てきたが、
自分と同じく報道陣としてずっと動いてきた人だ。
失礼だが、湯川さんはスパイとしては全く使えない人だ。
現地に人脈もない、そして言語も日本語しか使えない、
そんな人をスパイとして使うほど日本政府もバカではないと思う。

●同じく新崎さんの返答
湯川さんに対して私どもが取材してきたなかでいうなら、
軍事会社として何かした事実はない。
そういう名目で会社を興し、
何かやろうと考えていたかもしれないが、
これまでに確認できた活動は無いし、
一緒にやっていた人も取材では掴めてこない。
ネットの話は、想像上の話なのかという印象がある。

★二人目の発言(年配の男性でした)
私は学校も出ていないしよく判らないが、
私の経験から言えば、命を最優先にしてもらいたい。
イスラム国であろうと政治であろうと、
誰であろうと、どういう状況であろうと、
命を大事にして欲しい。
人質を殺さない、テロをなくしたいと言うなら、
軍事ではなく話し合いだろう。
本当にテロをなくしたいとというなら、
オバマでもアベ首相でも、
イスラム国の中へ行って話し合いをしようといういうぐらいの考えがなければ
ダメだろうと私は思っている。

★三人目の質問(男性)
前の方の話のように人命尊重でやって欲しいと私も思っているが、
安倍政権は集団的自衛権で国民の命を守ると言っているが、
今回のことを見ても国民の命を守るのに真剣であるとは思えない。
今回のことを逆手に取って、
人質を解放するために自衛隊を派遣することを考えたいと言ってようだが、
絶対にこれを許してはならないと思う。
この問題に関して、福島さんは国会議員として
与党を追求するのにどんな方法があるのか例えば、
金銭的な補償が良いのかどうかはあるが、
補償を求めるとか、追求の仕方があるなら教えて欲しい。

★四人目の質問(女性)
今回の事件が起こったときアベさんは、最善を尽くすと言った。
あらゆる手を尽くしていると言った。
でも実際には、最善を尽くし、
あらゆる手を尽くしているとは見えなかった。
中田教授の協力を無視して二人は殺されてしまったが、
国会で中田教授に証言してもらう計画はあるか?

★五人目の質問(女性ん)
前の方と同じような質問だが、
政府は中田さんや常岡さんをなぜ利用しなかったのか?

★六人目の発言(女性)
私は「いのちと国家」を考えた時に…、
先に自己紹介をします。
北朝鮮からの脱北者です。
現在は日本国籍を取得しているので、
この会に参加しても良いだろうと思ってここに来ました。
私は過去に、日本国政府から「いのちと国家」
という問題で恩恵を被った者です。
私は、北朝鮮の実情を外部の世界に知ってもらわなければならないと考えて、
命をかけて日本に戻ってきました。
日本に帰ってこられると思っていなかったが、帰ってきて10年が経ちました。
その10年はおまけの人生だと思っています。
さっき恩恵を被ったと言ったのは私自身のことではなく、
私の娘と家族3人が脱北した時に、
北朝鮮の保衛員が中国まで写真を持って追跡してきました。
保衛員に負われているのが判ったとき、
どこにも助けを求めるところがなかった時に、
ある人が政府の非常電話の番号を一つ教えてくれました。
その非常電話1本のおかげで,彼ら3人の命を助けることができました。
だから私の認識では、いざとなったら国は真剣に命を守ってくれるんだと思っていました。
でも今度の事件の時には、それは叶いませんでした。
結局私が得た結論は、本当に重要な利害関係のためには人名は犠牲にされることがあるんだということを認めざるを得ない遺憾な結果になりました。
それを思うとき私は、一票の選挙権がとても大事だと思っている。
私には選挙権がありませんでしたから、
その一票の選挙権を棄権したり、
また自分が責任を最後まで取れるかどうかを決心してから
行動するということがとても大事だと思っていますので、
ここで強調したいのは地方選挙から国会の選挙に至るまで、
それぞれが自分の責任を、
一票の責任を必ず果たしましょうということを強調したいと思います。

★5人目の質問者への豊田直巳さんからの返答
本人たちの話からしか判らないですが、
それによると8月に北大生がシリアに渡航しようとした時に
私戦予備罪で家宅捜査され、
10月にその関連で、容疑者ではないのだが、
その関連で常岡さんや中田さんは警視庁公安から家宅捜索された。
そして容疑者ではないが、
すぐに逮捕する容疑の対象という中に入っているそうです。
よって、使わないということのようですが、
容疑者ではないので警察と外務省の面子争いなのか、
最初から出来レースなのか私には判りませんが、
表向きはそのようなことです。
10月にイスラム国から招待を受けて行くような準備をしていたのが、
その前日に警視庁に家宅捜索を受けて
パスポートを持って行かれたということのようです。

◉福島みずほさん
参議院予算委員会でも、
この間の検証をきちっと冷静にやるべきだということは共有され、
政府による資料の説明を求めて行くということを
国会の中でしっかりやっていくという状況です。
今日はイラク戦争の時からの話が出ましたが、
イラク戦争の検証、また今回の人質事件の政府の対応の検証を
しっかりやっていかなければならないと思います。
私たちがこk所から何を学びどういう未来を作っていくかということについて、
6人の方達、少しずつニュアンスは違いますが貴重なお話をして下さいました。
ありがとうございました。
また、緊急の集会でしたがお集まり下さったみなさま、
ありがとうございました。
私たちは、今日の話を共有して、広めていきたいと思います。

_____________________________
こうして2月4日の緊急集会【私たちは人質事件をどう考えるか】が終えました。
5日、6日も同じように緊急集会がもたれました。
私はそのどちらにも参加できませんでしたが、やはり大手メディアの報道や政府発表からでは判らないことが語られた、実りある会だったと聞きました。
「報復の連鎖は止めて!」後藤さんのお母さんの言葉に、しっかりと応える私たちで在りたいと思います。                            いちえ               
緊急集会【私たちは人質事件をどう考えるか】報告の第3弾です。

◉新崎盛生さん(新聞労連委員長/共同通信社)
●国際ジャーナリスト協会へのメッセージ
志葉さんや豊田さんとかフリーの方々の後では、大手メディアに居る私は大変話しずらいが、新聞労連として今回後藤さん、湯川さんの即時解放を求めて、国際ジャーナリスト協会(IFJ)を通して声明を出した。
また残念ながらこのような結果を受けて、またメッセージを出した。
●大手メディア記者として
共同通信社会部の記者として、イラク戦争時に1ヶ月ほど中東に滞在して取材していた。
今日発言された方達とはその時に、それぞれの場で関わった仲間だ。
1ヶ月ほど中東に滞在してイラク戦争の取材をしたが、実際には私はイラクに入っていない。
共同通信を含め大手メディアはイラク戦争が始まる前にすべてイラク国外に撤退をし、我々はヨルダンのアンマンに取材の現場をおき、そこを中心に記事を発してきた。
その記事の元になる話や取材の情報源になっていたのは、今回亡くなられた後藤さんを始め多くのフリーで活動している方や、佐藤さんのようにNGOで活動している人たちだった。
私たち記者は誰もが、現場に入りたいと思っているが、それを会社からストップされるようなことが、今の大手メディアの現状だ。
そういう中で政治部の情報が欲しかったら、官邸からの情報をそのまま流すこともある。
私は社会部だったから現場からの情報を、フリーの方々からの情報を含めて社内に上げていく形で、できるだけ現場に即した情報を伝えていく努力はしてきた。
ただ政治部の力はなかなか強くて、大手メディアの情報は現場に即したものが出にくいという状況はある。
それは後藤健二さんが亡くなられた流れの情報を見ても、NHKを見ても、日本で最も部数が出ている新聞を見ても、みなさんには判ることでしょう。
●いま恐れていること
私がいま一番恐れているのは、気概を持って現場に赴いていく人たちを非難するような動きが出てくることを、もっとも危惧している。
後藤さんが亡くなられた後に、「行かないように要請をしていたけれども、それが守られなかった」というような情報が流れた。
そうした情報操作、官邸が自分たちの責任逃れのためにこうした情報を流す。
私は2003年にイラク戦争の取材をした後、高藤さん今井さん、郡山さん、また安田さんや渡辺さんが人質になった時、ご家族の取材をしてきた。
ご家族が自衛隊の撤退を哀願したのは、家族として当然なことだ。
けれどもそれが記事になった時に政治家に逆に利用されて、自己責任論が当時、巻き起こった。
そういう形で、政権は自分に都合の良いように利用する。
●この流れを変えなければ
当時の現地の人たちは、親日的で日本はアメリカと付き合っても憲法九条によって平和主義の国だと思われていたが、自衛隊イラク派兵の頃から現地ではこの日本の姿勢に疑問が生じるようになってきた。
それが、今回の人質事件の背景にある。
日本は去年、自公政権が安定多数でそのまま維持してしまったから憲法を変える方向に進むだろう。
そして直後にこうした事件が起きて、安倍首相は海外で自衛隊が救出活動に働けるようにすることを先行したいと言った。
そのような、”力には力で”というイラク戦争の時のアメリカのやりかたの失敗を日本も追随するのか、もうそろそろ、そうした局面を変えていかないと日本はますます欧米諸国と並んで「イスラム国」の敵になってしまう。
中東にとっても、”なんだ日本も同じだったのか”と思われるようになってしまう。
その流れを変えるのが、今日の【人質事件をどう考えるか】集会の一番大事なポイントだと思う。

◉伊藤和子さん(弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長)
●11年前の人質事件では
11年前の高遠菜穂子さん、郡山総一郎さん、今井紀明さんさん3人の救出弁護団の一人として活動してきました。
今回、同じようになんとか解放されて生きて帰れることを願ってできるだけのことをしてきましたが、力が足りずにこうした結果になってしまいました。
力不足を痛感しています。
11年前3人が釈放された時と今回の違いを考えると、あの時に反米ゲリラの人たちはイラク戦争に対してとても怒っていた。
そして人質を立ててでも、この不当を世界に報せたい、そして世界の人たちに判って欲しいということがあって、あのような行動に出てしまった。
高遠さんはあの時、「このような暴力的なことでは何も解決しない」ということを、相手に説得していた。
そして私たちは、3人は政府の方針とは違って個人的にイラクの人たちのことを考えて行動していたということを、たとえばアルジャジーラに彼らのことを伝えたり、さまざまなことをしてきた。
それで現地の人たちは、宗教リーダーたちに3人を釈放せよと言ってくれた。
その背景には、日本は誠実な良い国だという印象や信頼感がまだあって、3人は釈放された。
●その後の日本、そしてイラク
この10年余り、その信頼に日本は応えてきたかと言うと、残念ながら応えてこなかった言える。 
あれからイラクで何が起こってきたかと言うと、もう数千人が亡くなり毎日毎日無実の人たちが殺されて、国際社会に訴えてもなんら変わらない状況が続いた。
そうした状況が続いてきて、モンスターのようなISという集団になってしまった。
11年前、当時の背後グループと今回でてきたISでは、本当に違う。
残忍さも加わってきたし交渉が通用しにくくなってしまった。
また、今回はイラクでのサポートが少なかった。
その理由は、日本への信頼が失われたことだ。
●ISを生んだのは
国連の発表では、この1月21日から27日の間に794人がイラク戦争に関して殺されている。
人質になった日本人ひとりの命だけでなく、国連の数字は今この間の数字だが、何年も前からこうしたことがこれまでずっと続いている。
そのことに対して、私たちはあまりにも無関心ではなかったか。
後藤さんをシリアに向かわせたのは、結局のところ人々の無関心、日本人の無関心ではなかったのか。
誰もシリア、そしてイラクで起きている紛争の現実について知ろうと思わない、自分たちのことだと思ってなんとかしようと思わないということに対して、後藤さんは自分が現地に行ってそれをレポートすることで、そうした状況を変えたかったのではないか。
私たちは、この後藤さんの意思に応えられるのか、ということが問われているのだろう。
ISは本当に残虐な組織だと思うが、それに対して軍事作戦が今たくさん展開しているが、私は軍事作戦だけで解決できるものだとは思わない。
9・11以降のすべての政策がイスラムの人たち、特にイラクやシリアの人たちを怒らせるような政策だったのではないかと思う。
イラク戦争も大量破壊兵器がないにも関わらず、国連決議もないまま違法な戦争として行われ、そして子どもたちを含んで何万人という人たちを殺した戦争だった。
責任を問う検証の声もあったが、ほとんど責任追及されないまま今日まできている。
その後の宗派間対立もあって2006年以降シーア派による政権が、スンニ派に対して非常に過激な弾圧を繰り返している。
シーア派政権からスンニ派の住民に対して、虐殺がずっと繰り返されている。
イラク政権の中枢に殺人部隊が結成されて、スンニ派で反政権的な動きがあれば宗教活動家、宗教指導者を殺すということをやってきた。
現地では2013年秋頃から平和的なデモをして、こうした状況を変えて欲しいとデモをしていたのだが治安部隊が平和的なデモ隊を殺していった。
そして政権に対して物申す有力な政治家が逮捕される。
2014年1月1日からマリキ政権が大量の部隊を注入して、戦車で民間の家を何軒もつぶして殺していった。
当時私たちも国際社会も、さまざまな声明を出してこうしたことを止めさせるよう訴えたが、超大国は動かなかったし、日本も何も動かなかった。
去年の1月頃にファルージャで、IS(当時は大師と言われていたが)が動き出していたが、こうした状況の中で絶望した人々、特にスンニ派の人たちが大師といわれたISを支持していくような状況になって、今回の事件を生んだ。
イラク戦争の責任者は追求されず、大量に人殺しをしている人の責任が問われない、そしてパレスチナでも去年の夏に2000人が殺されて、内1500人は子どもだった。
そうした戦争犯罪が行われているのに誰も責任が問われない、そうした正義の報道がある中で、なぜ私たちの人殺しだけを問題にするのかということで見せしめのように人を殺していくという土壌が、それは絶対にあってはならないことだが、どうしてもそうしたことが出てくる恒常的な問題があると思う。
●非常に案じられる、これからの日本
こうした根本的な、恒常的なイスラムに対する不正な社会の構造を変えない限り、この問題は終わらない。
私たちを含め先進国、特に西側諸国はこのことをキチンと考えていかない限り、問題は変わらないと思う。
9・11事件の後でブッシュ政権はすぐに報復宣言して、対アフガニスタン・イラクと、戦争する国になった。
それまではベトナム戦争の反省があって、長いこと大きな戦争はしてこなかった。
同じようなことがこの日本で、2年後3年後には起きるのではないかということが、非常に心配だ。
日本を戦争をする国にするような、さまざまな動きが用意されている。
この人質事件が、そしてその結末が紛争をなくしたい、紛争下の子どもたちの命にもっとみんなが関心を持って、子どもたちを守りたいという後藤さんの意思に反して、日本はそれと全く逆の方向に行くのではないかということが非常に心配だ。
いま私たちにできることは何かを冷静に考えて、踏みとどまって、国中に届けていかなければならないと思っている。
●私たち一人一人が声を上げよう
私も人権活動をしているが、国際的な人権活動をしていくにあたっては日本国憲法を持っている国ということを誇りを持ってやっている。
日本はこの憲法を持っているから、いろいろなことができる。
日本の外交は、西側諸国と途上国との架け橋となって、対立ではなく憲法九条の精神で架け橋として平和を作り出していく外交ができるのではないかと思っている。
憲法九条にはそのような力がある筈なのに、全く活かされていない。
今のこの対立している時代だからこそ、憲法九条を持つ日本が平和外交をしていくポテンシャルがある、それをなんとか活かして欲しいと思う。
これは私たち一人一人が、声を上げていかなければならないことだと思う。

★2月4日の緊急集会【私たちは人質事件をどう考えるか】での、6人の発言者(
志葉玲さん、杉浦ひとみさん、佐藤真紀さん、豊田直巳さん、新崎盛生さん、伊藤和子さんの発言報告を、3回に分けてご報告しました。
この後短い時間でしたが参加者からの質疑応答もあり、それもまたお伝えしたく思いますが、別便にいたします。                       いちえ

緊急集会【私たちは人質事件をどう考えるか】報告の続きです。

◉佐藤真紀さん(日本イラク医療支援ネットワーク JIM-NET 事務局長)
●後藤さんとの出会いと、JIMU-NET立ち上げの経過
今回の報を受けて、残念だし、とても悲しい。
後藤さんとは、イラク戦争の時に出会った。
NGOとジャーナリストは、現場で恊働関係にある。
ジャーナリストが最前線での現場の状況を伝えてくれて、それで僕たちが状況を知って支援に繋げて行くという協力関係が出来上がっていく。
2,004年、イラクの中でも危険になってしまって僕たちが入ることができなくなり、JIM-NETもその頃立ち上がり、ヨルダンで活動を始めました。
主に小児がんの子どもたちの医療支援、アメリカが使った劣化ウラン弾の影響で小児ガンガン多発した。
緊急の医療支援などはあっても小児がんの子どもの支援などは普通は後回しにされたりするのだが、ありがたいことに小児がんの子どもを救おうと、多く方が支援してくれた。
お陰さまで民間の方達の支援を得てJIM-NETも活動を始めて10年になるが、その原点がこの時のヨルダンにある。
●イブラヒムへの支援
ヨルダンで活動を始めた時に後藤さんも来てくれて、取材をしてくれた。
情報交換しながら、当時ヨルダンで治療を受けている癌の子どもたちを紹介し、こういったことも取材してもらって劣化ウラン弾を排するように訴えましょうなどと話し合ってもいた。
その後、後藤さんはバグダッドに行くと言っていた。
そんな中で出会ったイブラヒムという男性が居ます。
彼は後にJIM-NETのスタッフになって、今はバスラで活動をしているのですが、なぜイブラヒムがそのときヨルダンに居たかというと、当時奥さんが妊娠していて2,004年の4月に妊娠が判ったのだが、残念なことに同時に白血病にかかっていることが判った。
お腹に子どもが居ると抗がん剤の治療が出来ないので、母体の治療か、それをせずに子どもを育てるか、非常に厳しい選択をしなければならない状況だった。
その時にみんなで力を合わせて助けようということで、ヨルダンは緊急癌センターへの受け入れ、アメリカはポール・ニューマンがお金を出してくれて、救急車で入院させて帝王切開をした。
イラクには超音波検査システムがなくて判らなかったのだが、双子だった。
6ヶ月で帝王切開で生まれた双子は、400gと700gという本当に小さな未熟児だった。
イラクでは助からないのでヨルダンで入院を続けて生まれた子どもたちの命も助かり、奥さんも抗がん剤治療を受けていた。
3歳の子どももいたのだが、ヨルダンの親切な婦人が子どもを引き取って世話をしてくれていた。
僕たちは彼らの生活のために経済支援を続けていたが、イブラヒムの奥さんの症状はどんどん悪化してきていた。
僕が12月に日本に戻らなければならなくなり、後藤さんがまたヨルダンにやって来るというので、申し訳ないがイブラヒムの面倒を見てやってくれるようにと、後藤さんに頼んだ。
残念ながら年が明けてイブラヒムの奥さんは亡くなったが、その瞬間まで後藤さんは
カメラを回してくれました。
その時の映像を先日見直してみたが、ジャーナリストだが家族の一員となって状況を記録していてくれたんだなぁということが伝わってきた。
イブラヒムは、家族も居ず誰も手伝ってくれる人のいないヨルダンで奥さんの葬式をしなければいけなかったが、その時に後藤さんが棺を担いで車に乗せてイブラヒムがイラクに帰って行くのを助け、経済的な支援もしてくれた。
イブラヒムからのメッセージで、僕はそのことを初めて知った。
●人質事件が報じられて
イラクの中では後藤さんは解放されるだろうとニュースが流れていたし、イブラヒムも後藤さんは勇気がある人なのでこういう困難も乗り越えて行くでしょうと電話で言っていた。
残念ながら殺されたと知ったイブラヒムは、まさか!と泣き崩れてしまった。
そして、これは本当にイスラムの教えではやってはいけないことなんだと、人道に反することが行われたと、非常にショックを受けていた。
イブラヒムにとって後藤さんの存在は、大きかった。精神的にも支えになってくれた人だった。
戦争は、人が殺し合う。殺されれば家族の憎しみは残り、それが新たな戦争を生み、テロの動機になるのかもしれないと思うが、イブラヒムの話を聞いていると後藤さんやヨルダンの人たちのやさしさに触れて、その優しさがずっと彼の心の中に残っている。
特に奥さんが亡くなって、支えがない中で3人の子どもを抱えて困っていた時、その当時のイラクはどんどん治安が悪化している酷い状況の中で、後藤さんが励ましてくれ、ヨルダンの人たちも彼を支えてくれて、そうした人々の温かさに触れて彼は、イラクに戻って自分も人道支援の仕事をすると言ってJIM-NETの現地スタッフとして活動をしてくれるようになった。
人の温かさ、親切はぐるぐると巡っていくのだ。
戦争に打ち勝つためにはそういう連鎖を続けていくしかないのだと、改めて思った。
●”団子の串”の活動を
僕たちはいまアルジュというところに事務所を置いて活動を続けているが、昨年の1月頃からファルージャやラマニから避難民は増え続けていて、その数は半端ではなく本当に大勢が難民となって来ている。
これを発信しても、メディアはそれを取材したり伝えてくれない。
6月にもするが陥落すると、更に多くの難民が出てくるようになった。
僕たちもできることをしようと水や食糧を運んだりしたが、夏は気温が50度近くなるような中で支援をするのだが、焼け石に水のようなことしかできない。
なぜかと言うと、お金がほとんど集まらない。集まったお金だけ持って行っても足りるどころではない。
それでも、たとえペットボトルの水一本でもそれが命を繋ぐ水にもなっている。
僕は”団子の串”を例にしますが、日本政府の2億ドル支援などと、そういった大きなお金でドカンドカンと団子のように下りても、それが必要な人に必要な形で渡るにはそこを繋ぐ串の活動が必要なのだ。
日本政府がジャパンプラットホームという形で緊急支援しようとしているが、それでも調査をしてから入る。だから現地で必要な形に使えるようになるには1ヶ月あるいは2ヶ月3ヶ月かかってしまう。いますぐ必要な人たちに間に合わない。
難民になって出てきてすぐの人たちは、水もない、食糧もない。そう言う状況に置かれている。
それをどうやって助けることができるのかと言うと、僕たち日本人にできることは限られていて、それでも現地の人たちが同情からいろんなものを持って行く。
継続性はまったくないが、それが難民たちの命を繋いできたのだ。
大きな支援と大きな支援の間を繋いでいく団子の串として僕たちはやっていくが、そこには現地の人たちとの信頼関係を築きながら強い団子の串にならなければいけないと、現場にいて改めて思う。
●日本に欠けているもの
難民で癌の子どもなど、本当に厳しい状況にある。
風邪を引いたら、それはすぐ死につながってしまう。
イスラムの人たちには、チャリティということが強く根付いている。
日本に欠けていることは、チャリティという考え方だと思う。
イラク戦争の時も多くの子どもたちが怪我をしたが、病院の支援を日本がすると言っても、癌の子どもたちは緊急性がないということで後回しにされて、死んでいく。
大きな枠に沿った形ではなく、一人一人の命に寄り添ってやっていくことで、信頼関係が築かれていく。
福島の原発事故の後で、日本中が放射能に汚染されていると発信される中で多くの外交官が日本を去った時にも、ヨルダンのお医者さんが2011年の4月に来日して福島をずっと回ってくれた。
●これからのこと
イブラヒムが「小児がんの子どもを見ていると、そこから助かった子どもを見ていると、後藤さんの魂を見ているような木がする」と言った。
後藤さんはある本の中で、こんなことを書いている。
【無念と孤独に覆い尽くされた
 ジャーナリストが見つめた現実の絵巻物。
 暗闇の中の消え入りそうな
 しかし、鮮やかな絵巻物。
 この絵巻物を、あなたは忘れないで欲しい。
 僕たちは微力だけれども、無力ではない】
後藤さんだけではなく、戦争の悲惨を伝えようとして無念に死んでいった人たち、また劣化ウラン弾による小児がんで死んでいった子どもたち、そういった人たちの魂を受け継いで、僕たちは二度とこうしたことが起きないように、前に向かって進んでいかなければいけないと思いました。

◉豊田直巳さん(ジャーナリスト)
●前置きの前置き
豊田さんはまず始めに「私は”社会性ゼロジャーナリスト”で、また”社会不適合者”認定を受けています。この認定は新聞の取材を受けて私が、日本政府は本当に救う気が合ったのかと発言したことが記事になって、”社会性ゼロ”と認定されました。だからみなさんは、これから“社会性ゼロ”の話を聞くことになります」と言って、参加者を笑わせましたが、豊田さん一流のシャレでしょうか?照れでしょうか?もしかしたら豊田さんの発言に対して、フェイスブックやツィッターで書き込まれた”顔のない者”の言葉をここで披露されたのかもしれない、とも思いました。そして豊田さんは続けました。

●後藤さんとの繋がり
私が今日ここで発言をするのは、20年ほど前にヨルダンで後藤さんに取材をしたことがあるということが一点と、もう一点は昨年の11月には後藤さんが行方不明だということを知っていたのに何もできずにいて、12月20日の報道でイスラム国に拘束されていることが判って、日本ビジュアルジャーナリスト協会( JVJA)の仲間たちとイスラム国に対して声明を出したことで、この会に呼ばれたのだろう。
後藤さんについてはジャーナリズムがなぜ必要かなどの観点からも、みなさんが話されたので、私があえて繰り返す必要はないと思う。
●JVJAの声明
報道された12月20日には、湯川さんと後藤さんの二人の写真が並んで載っていた。
けれどその後、なぜ後藤さんの話しか出ないのか?
私は湯川さんがどういう人かは、報道でしか、あるいはネットで調べたことからしか判らず、湯川さんについてはよく知らない。
湯川さんは民間軍事会社を作って一儲けしようと思ったのか、戦場に行ってみたいと思ったのか、自動小銃を撃ってみたいという趣味を持っていたようで、それを本当に撃ちに行くという。
しかも民間軍事会社というのは2,005年にイラクで、イギリスの民間軍事会社で働いていた日本人が殺されたという経緯もあったようなことから民間軍事会社という存在が知られるようになったのだろうが、そんなものを、僕のような戦争を止めたいと思ってこの仕事をしてきた者にとっては、民間軍事会社を作りたいなんて許せない奴だと思っている彼を、それでもイスラム国に彼を救えと、どのように言うのか考えざるを得なかった。
後藤さんはとってもいい人で、真面目なジャーナリストだから助けて下さい、湯川はとんでもない奴だから殺せとは言えない。
それで、湯川さんについてはよく知らないけれども、あるいは違法があるのかもしれないけれども、あるいは不法入国したかもしれないけれども、イスラム国はあなたがたが正当性があると国家だと思っている”イスラム国”の名において、聞くところによれば去年の10月に裁判を開くとしていると聞いている。だったら裁判をやれ、という論理をたてるしかないだろうと思った。
なぜ、裁判を抜きで殺すなどということを言うのか。
というのは,その裁判を傍聴して通訳に行こうと思っていた常岡さんや中田さんたちが
日本の公安警察によってダメにされたので行けなくなったという経緯があるから、だから裁判についてやっぱり裁判をやれというメッセージをたてるしかない。
湯川さんがいい人か悪い人かに関わらず,裁判を抜きで殺すなどということがあり得るのかという論理でたてた。
●戦争は嘘から始まる
それはそのまま翻って、私たちの国にもくることではないか?
今朝,ある新聞社からヨルダンのパイロットが焼き殺されたようだが、その映像は見たかと取材があり,映像は見ないが止まった画像を見たと応えると、ああした卑劣な殺し方をどう思うかと問われた。
私は、判りませんと応えた。
ナイフで殺すのが卑劣なのか、電気椅子で殺すのが卑劣なのか、あるいは日本のように首を吊らせて殺すのが卑劣なのか、焼き殺しは焼けて死ぬまで時間がかかるから辛いのか、そういう話ではないのだとすると、全部ダメ。という論理しかないと僕は考える。
もう一つ。どうも1月3日に殺されていたようだ、彼らは殺しておきながら殺したパイロットを交渉の材料に使おうと思ったようだ、つまりだますということだが、そういうだまし方をどう思うか、とも問われた。
戦争をやっているところは全部だましている。
湾岸戦争で言えば、アメリカはイラク軍がペルシャ湾にオイルを流したと嘘をついたり、クウェートから逃げてきた少女が、病院でイラク兵たちが酷いことをしていると言ったナイラ証言とか、これらは全部戦争が起こった後で嘘だったと判っている。
イラク戦争では、イラクに大量破壊兵器があるとか、アルカイーダを匿っているとか、あること無いことではなく、無いこと無いことばかりを言って戦争をやっている。
最初から嘘を言っている。
アメリカとイラク、ISILだけではない。
盧溝橋も柳条湖も含めて、謀略事件は日本でもやってきている。つまり戦争をしようと思ったら、戦争をするためには嘘でも何でも言って、目的は勝つということしかない。
取材の記者にはここまで答えて、「おそらくボツになるんでしょうね」と言ったのだが、果たして載せてくれるかどうか…。
●ジャーナリストの使命
だから、その嘘を「ほんと?変だよな」と思うから、後藤さんも現場に行った。
ISISのプロパガンダだけは、僕たちはネットで見ると毎日のように、いや毎時間のようにネット上に出てくるから、だから「ほんと?おかしいな」と思うから現場に行くわけです。
同じように日本だって原発事故で、どうなってるの?と思うから現場に行く。
それでISISは現場に行けば捕まえる、日本は特別秘密保護法で捕まえる、よく似てるなぁと僕が言うと、また“社会性ゼロ”と言われるが、その後で私たちはどうするのかを話さなければいけないのだろうが、湯川さんの名前が出てこないのは、日本の死刑制度が問題が残っているからおそらく出てこない、立てにくい。
とんでもない奴だ、とんでもなく悪い奴だって裁判で罪刑法定主義で裁判しろというだけの話を、国際的に通用する基準ならばそれでやるしかないだろうということなのに、それを突っぱねた。
同じようにアメリカ・イギリスの、あるいは有志連合の「イスラム国」空爆は良くて、彼らが鉄砲を撃ってくるのは悪いという立場に、少なくともジャーナリズムは立たないだろうと、僕は思っている。
どういう立場かと言えば、両方悪いに決まっているだろうというだけの話だ。
ネットでそういうことを言うと、ネットはすぐ反応というか反論というか意見が出てくる。
これもニュースで報じたことからだけでよく判らないが、「イスラム国」の資金源が石油の密輸だという。おかしいでしょ?密輸ですよ。
「イスラム国」が支配しているエリアは港がないのだから、誰かがタンカーを付けて密輸を手伝ってる奴がいるだろうという話だ。
同じように武器の補給をしているのは誰なんだ?
完全武器の禁輸とか、経済の完全制裁をやったのか?
しかもこれなら、1ドルもお金はかからない。
人道支援であっても、2億ドルかけるよりもこっちの方が良いだろう。
そんな仮説を立てて、本当にそうなのかと行くのがジャーナリズムの仕事なのだろうと思う。
●この国に居る私たちがするべきことは
けれども、そんなことすらも許さないような雰囲気がでてきている。
朝日新聞の記者が2人シリアに入ったというだけで、他の新聞がこれを問題視する。
問題視しても良い、どうやって入ったの?と疑問を呈するのは良い。
自分たちも入りたいから、うらやましいなというなら良い。
どうやって入ったかなど、現場労働者はそうやって情報交換しながら安全確保やルート工作するなど、当たり前の話だ。
どこの新聞社だからとか、どこのフリーだからとかではないと僕は思って、どこの記者たちとも付き合ってきている。
けれども経営に関係する人たちは、他社がそういう風にやると自分のところの新聞は売れない、ぶっ叩くと売れるという(これはネット社会と同じだが)暴走社会の中で冷静さを保っていくにはどうしたらいいのか。
こんなことを言うとまた“社会性ゼロ”と言われるだろうが、「「イスラム国」は本当のイスラムではない」、などと言うことはイスラム学者ではない僕には判らない。
「オウム真理教は、あんなものは宗教ではない」などと言うことを宗教学者じゃないのにどうやって言えるのか?
だけど僕らは知っている。
オウム真理教に行きたくなるような若者が、20年前にいっぱい居たでしょう?
「イスラム国」に行きたくなるようなヨーロッパ社会やアメリカがあるわけでしょう?
そこに対しては2億ドルなんて話じゃないわけでしょう?
あるいは残念ながら新聞報道でいうと、「殺してみたかった」なんて話が日本でもある。
昨日はナイフで刺した、包丁で刺した、その後金属バットで殴ったなんて、火炙りより悪いなんていうことは判らないわけでしょう?
というように、もう少し相対的に見ていかないと行けないのだろうと思って見ているのは、実は私が日本人だからです。
私はヨルダンで1票はありません。シリアでもイラクでも投票権はありません。
日本では1票がある。在日の人には申し訳ないが、私には1票がある。
私たちにできるのは、この足場があるところを変えることで関わっていくことができるのではないかと思う。
もちろんジャーナリストや市民運動を含めて直接のアプローチが必要だということがあるし、それが先だろうが、一億三千のみんなが直接アプローチできるわけではない。
少なくともこの情報過多で、暴走しやすい社会においてはいつも、向こうで起こっていることは、実はここでも起こっているのだという見方をするようなことをしていけたらいいなと考えます。

★長文になりましたが、佐藤真紀さんと、豊田直巳さんのお話でした。
この後新聞労連の新崎盛生さんと伊藤和子さんのお話は、別便で報告します。

いちえ

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